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小説の書き方講座④「一人称か三人称か」パート1

小説の書き方講座第4弾。今回は、商業出版でも自費出版でも、プロでも素人でも、小説を書き始めるときに悩む問題、「一人称にするのか、三人称にするのか」を取り上げます。ただ、この問題は一度では語り切れないので、複数回に分けて説明します。

単純な言い方をしてしまえば、一人称であれば、「僕、私、俺……」という人称が使われます。三人称であれば、主人公の名前やその他の登場人物の名前が使われます。「太郎」とか「次郎」とか、そういうことです。

では、それぞれの特徴、メリット、デメリットについて、簡単に説明していきましょう。

■一人称は単一の視点でしか語れない!

一人称の最大の特徴は、単一の視点でしか語れない、ということでしょう。

たとえば、「僕」という主人公が語る一人称の小説があったとします。冒頭はこういう感じです。

僕は、今日新宿に出かけることになった。それは、突然、高校の同級生から連絡があったからだ。でも、ギリギリまで行くかどうか迷った。新宿東口に着くと、いつもどおり多くの人がいた。特に若い女の人が多いと思った。

こういう文体をイメージされる方が多いでしょう。

さて、すでにこの短い文章群の中に、一人称の特徴が出ているのですが、おわかりでしょうか。それは、最後の1文「特に若い女の人が多いと思った」です。

まず、「若い人が多いと思った」ということから、語り手「僕」が置かれている日常、または、興味の対象が窺えます。つまり、主観が窺えるということです。

新宿東口に実際行ったことがある方ならわかるでしょうが、取り立てて若い女の人が多いというわけではなく、老若男女いるわけです。もちろん、その日が何かイベントのある日で、若い女の人が多い状況もあるでしょうが、たとえそうだとしても、「僕」という人物は、「若い女の人が多い」ことを「特に思った」ということです。それは、偶然ではなく、必然的な理由があると読み取れます。たとえば、恋人がいなくて募集中であるとか。最近、失恋してしまったとか。「僕」が日常において、若い女の人を意識せざるを得ない状況に置かれているから、「僕」の視点は、特に多くの若い女の人を捉えたということになります。これは、一人称ならではの語りとなるでしょう。

一方、実際のところ、新宿東口には多くの老若男女がいたとします。そのことを一人称で言い表すには、「僕」がそのことに気づいて初めて、語られなければいけません。つまり、「僕」の視点で捉えれない場面や情報は、一切、語られない、語ることができないのが、一人称の特徴であり、制約といえるでしょう。それを破ったとき、その小説は整合性が取れていない、ということになります。

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